| 第56回「余力」2008.8.20 |
いつも時間に追われていると目先のことで頭の中が一杯になる ある目標に向かって仕事や作業をする 目標があることはとても素敵なことである 少し前までは時間に追われなんとか滑り込みでも、 徹夜をしてでも、そこに辿り着くことで責任を果たしたという安堵感に満足していた 最近は余力を残しておくことの大切さと意味を痛感する 余力がなければ目標達成の意味が半減してしまう 目標に到達すれば必ず何かが生まれる それは人とのつながりであったり、次の展開へのアイデアであったり それを生かすための余力がいる 次につなげて行く、進んでいく、成長するための力を残しておかなければいけない 人間社会って、跡が大切 |
| 第55回「急がば回れ」2008.7.20 |
| 昔から言われていることだけど 最近、たくさんの方とお付き合いをし たくさんの雑用をこなし いろんなことを一度に考えなくてはならない場面が多くなると この言葉の重さをとても感じる もともといい加減な性格だからかもしれないけど 今、忙しいからと後回しにすることがある でも後回しにすることの方が絶対時間を要する 忙しいからこそ、今理解していること、今気づいたことを今しておく方ことが得策なのです そんな当たり前のことができる人がいわゆる「できる人」なんですね 私のように面倒くさがり屋ほどそのことを痛感する 後にするほど、面倒くさい・・・ |
| 第54回「周期」2008.6.20 |
| 人生にはいいときもあれば悪いときもある その人の持つ人生の周期というものであるのか 悪いときはえてして悪あがきをしてしまうもので 残念ながら悪あがきをすればするほど堕ちていくものである 心が落ち着かない 焦る気持ちが心を襲う どうして自分ばかりが、と嘆きたくなる 周囲に愚痴をこぼし、同情を求めたくなるけれど 結局悪いときにはもがいてもうまくいかないもので、そんな時はじっとしているのが一番 「こんなときもあるんだよ」と開き直りが必要である 自分でリセットする方法を知っていること 何か別のことに興味をもったり、新しいことを始めるのもいい 自分の居心地のいい場所を探すのもいい 気持ちを切り替えて楽しんでいるといつか自然と乗り越えられているものです 結局その人の気持ちの余裕が相手にも伝わるもの 余裕のないときって人を寄せ付けないオーラを発している 余裕のあるときは人がどんどん集まってくるものなのです 全ては自分に返ってくる |
| 第53回「臨床」2008.5.20 |
ずっと憧れていた 長い間自分にはなかったもの 私の臨床 私の患者さん 患者さんのためにいろいろな工夫をして 患者さんを待ってあげられる臨床 患者さんのために、患者さんとともに過ごす時間 私のホームグランド 自分の存在が認められる場所 自分を一番評価してくれるのは患者さんであることを確認できる喜び 歯科衛生士として認められる安らぎの場所と時間 |
| 第52回「第三ステージ」2008.4.20 |
| ひとはあるいは組織は前進しようと勢い付いているときには必ず反対勢力がつきまとうものである それを乗り越えるだけの気力があるのかどうかを試されている それは聞きたくない言葉をいやおうなく浴びせられることもある そんな言葉に動じないだけの信念があるのかと試されている でもここでひるむわけにはいかない そんな陳腐な言葉に惑わされてはいけない 目標は何なのか、自分の意思と気持ちと向き合いながら そう、それはまさしく戦っている自分がそこにいる 自分を確認し、希望を持って立ち向かう自分がいる 自分との戦いに勝った者が真の勝者なのである |
| 第51回 「尊重」2008.3.20 |
人は皆自己中心的に生きている 自分という人生の主役を担っているのだから当然です それはたとえ親や恩師であろうとも、自分以外の人は皆脇役である そう、自分が誰かの引き立て役であるはずがない 自分の人生を生きているのだから・・・ 大事なことは皆誰もが主役であるということを知るということ それが相手を尊重するということ 短い人生の中で出会いと別れを繰り返す 同じ時間を共有できるということはお互いを尊重していなければ成り立たないものだと思う そう、互いがその気持ちを持っていなければ協力者にはなりえない |
| 第50回 「挑戦」2008.2.20 |
ついにこのときが来た ずっと思い描いていた大きな2つの夢の糸口を見つけられた素晴らしい年になりそうです 私の偉大な挑戦 先人がなしえなかったこと 無理はしない 自然体で行く じっくり行く もう何が大切で、どこに集中すべきかの判断はできるはず 時間を無駄にはしない 限られた時間 自分に与えられた時間 結果を目標とはしない 可能性がどこまで広がるのか結果を楽しもう |
| 第49回 「立位置」2007.1.25 |
人は人との関わりの中で生きている以上、常に自分の居場所を探している いわゆる自分のポジションっていうもの それは自分の得意分野をみつけ、自己表現をしながら 周囲に認められ、自然と行き着くものであると思う でも時として自分の意思とは違うポジションを与えられることもある でもそれは、誰かが自分では気づいていない何かを感じてくれたからだと思う そしてまた自分のやりたい事やできる事と違うポジションを 自分の意思で選択しなければいけない時がある それは自分にしかできないことがあると感じた時 他の人ではその役割を担えない そういう使命感というか、社会への貢献心というか 簡単ではない道を進んでいける選ばれた人間であると 思えることに感謝しよう |
| 第48回 「伝承」2007.12.20 |
自分の持っているものを後進に伝えていく これは親が子に物事を教えていくことと同じだと思う 人の子の親になって初めて人は一人前になると言われるように 人を育てる経験は何よりもその人を育てる経験になるのです それと同じように社会でも後進が育って初めて社会人として認められる どんなに実力をつけても、功績を上げていても 所詮、個人プレーは自己満足の粋を出ることはできない 自分が築き上げたものが素晴らしいと思うからこそ その素晴らしさを伝えていきたい 心底伝えたいと思う心が伝える術を広げていく そしてそれを受け止めようとしてくれる人がいることがその人を高める 人は心で成長する生き物なんですね |
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第47回 「価値観」2007.11.23 |
人のもっている価値観にはそれぞれ理由がある 何故そのように思うようになったのか、 自分の経験を辿っていくとそれはとてもつまらないことにこだわっているのかもしれない そしておおよそ、それは影響力に依存する たとえば、親から受けたしきたりや、迷信、トラウマだったりもする 愛する人や尊敬する人の言葉だったり、初めて体験したことだったり・・・ そこから受けた影響、宿ってしまった自分の価値感 考えてみればほんの一部の事例から物事を決め付けてしまう、 自分を決めてしまうなんて、つまらないと思いませんか? 自分の嫌なところ、ネガティブなところ なぜそうなってしまったのか・・・自分の中にあるルーツをたどり、 それがあまりにも陳腐であることに気づくことで開放されるでしょう 疾患でも何でも理由がわかれば、その理由を排除できなくても、 気持ちが楽になり、状況は改善されるものです そう、もっと心の広い、懐の深い人へと成長するために・・・ |
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第46回 「凡人の勝者」2007.10.22 |
世の中で輝いている人は夢をもっている人 うらやましいと感じる人は行動している人 行動力のある人は当然それだけ失敗もしている 失敗を糧にしているから人間的に厚みがある 自分の欲求やひとりよがりに進んで、社会の厳しい洗礼を受ける しかし、その評価こそがその人を大きく成長させる 失敗を恐れいろんな情報を集め、下準備をすればするほど、行動することを恐れてしまう そして放棄することの安堵感を求めてしまう 周囲に相談すればするほど、嫉妬ややっかみ、嗜める言葉も聞くことになる 勿論、そこまで準備して実践に移すことができればそれに越したことはないのだが、そんなことをしている間に時間は進み、時代は変わり、気持ちは萎えてしまう 時代を読まなければならない、時期を考えなければならない 焦る必要もないけれど、自分の気持ちが大切なのだ 最後は自分の気力で押し通す テンションを上げなければ、絶対成功はしない 勝者は常に自分との戦いに勝ち続ける人なのである なぜなら人は自分で考えて、自分で決断した行動の結果はとても素直に受け入れられるものだから・・・ |
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第45回 「距離」2007.9.22 |
人と人との間には必ず距離がある それは見えないものではあるが、近づきすぎると必ず反発して遠のいてしまう これまで何度この経験をしてきただろう・・・ 人生観を共有する時間がもて、「この人とはずっと上手くやっていける」と思った直後に「あれ?」っていう出来事が起こる とっても不思議な現象です 近かった分、がらがらと音をたてて崩れるのも早いのです あんなにもいい関係だったものが、こんなにももろく崩れてしまうなんて、とあっけにとられます 一体何が起こったんだろう?とまるで夢から覚めたきつねのように たぶんそれは心を許した瞬間にお互いに甘えの気持ちが出るんでしょうね 信頼という言葉に隠された甘え それは家族にしか許されないことなんだ 無償の愛がなければ受け入れられないのだと思います コミュニケーションって適度な距離を持つということなんですね |
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第44回 「生活」2007.8.22 |
朝の目覚ましが鳴る 窓の外は朝の静けさと新鮮な空気が充満している コップ1杯の水をのみほす プランターを覗いて水やりをする 朝のウォーキングに行って新鮮な空気と緑のシャワ〜を浴びる 洗濯物を干す コーヒーを入れて朝食の準備をする 子供と主人を送り出す ソファにどっかりと座り、残ったコーヒーを飲みながら今日することを考える 家の中を片付けたり、買い物や銀行や郵便局に行き、子供が持って帰ってくるプリントに目を通す 子供との会話を楽しむ 子供の友達と一緒に鬼ごっこをして汗だくになる お母さんたちと子育て雑談をする 体にいいものを考えて食事の仕度をする 子供と一緒にお風呂に入って、子供と一緒に勉強をする マッサージやストレッチをして歯の手入れとお肌の手入れをして 子供に本を読んでやりながら一緒に眠りにつく 「生活を楽しむ」ってこういうことなんだな〜 生涯のうちで何日あるだろう・・・ |
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第43回 「変化」2007.7.25 |
人は変わり行くもの 時間と共に・・・ 生活環境も変われば、体調も変わる 精神状態が変われば、生き方も変わる だから決め付けてはいけない 誰にでも過去はあるもの 過去にこだわる人は進歩はしない 今の努力、今の功績をみて、その人の将来の予想図を描く 努力は認められるもの イメージは形になるもの 時代も自分も周りも全て変わり行くものということを前提に考えると希望が持てる 時代の流れにあわせ、自分が変化していく そして自分が変えていく だから、今の自分をみてほしい |
| 第42回 「自分」2007.6.25 |
煮え切れないひとがいる 情報はたくさん集めるけれど、考えすぎて進めない 迷っているのではない 行動することを恐れているだけ 何を恐れているのだろう 生活?家族?時間?協力者?環境? 実は一番恐れているのは自分 行動すれば思い知らされる自分の価値 結局はできない自分を正当化し、守るという言葉で自制してしまう 自分を試す 自分の本当の姿を見る 恥ずかしくなんてない 自分を知ることから始まる 変われる自分がとても好きになれるはず 自分と向き合うことを避けてしまうといつまでも自分を偽ることになる すべては自分自身に対する言い訳を探しているだけ 自分をさらけ出すことができると怖いものがなくなる いつしか自分をさらけ出すことが当たり前になっている 虚栄心を捨てて、誇りをもとう 自分という人間に・・・ |
第41回 「仲間」2007.5.23 |
第40回 「感動」2007.5.20 |
| 人には忘れられない日がある 大切にしたい出来事がある 辛い思い出や悔しい出来事は心に強く残りやすいけれど 感動の出来事を自分の軌跡に残したい 若いときは傷つく経験が自分の糧となりやすい 歳をとるごとに感動することが多くなる いろんな苦労を乗り越えてきたからこそわかる平凡のありがたさ 今こうして健康で前向きに生きていることの素晴らしさ 心の底から笑える幸せ 自分の話を真剣に聴いてくれる人がいることへの感謝 そして自分の気持ちを素直に伝えられる喜び この日の感動を忘れないように綴っておかなければいけない 離れていても伝わる気持ち 共有できる達成感 多くの人と共鳴できた感動の1ページを・・・ |
第39回 「決断」2007.4.5 |
| 人生には何度か決断しなければいけない時がある それは自分の迷いを振り切るための、あるいは自分を見直すための決断である そして勿論、前進するための決断である 自分の目指すもの、大切なもの、優先するもの、様々な人の気持ちが交錯し、人の繋がりがあり、自分がいる 複雑に絡み合う糸をひとつひとつほぐしながら、それでもほぐしきれなくなって 気がついたときには自分が身動きがとれなくなっていることに気付いたなら その糸を断ち切る決断もしなければならない 自分の目指す方向へ進むために 新たな自分を見出すために私は決断する それは決して早くはない そして決して遅くもない 今、その決断をするべき時である |
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第36回 「時は金なり」2007.1.7 |
| 昔から言われることだけれど、時間とお金は同じくらい価値のあることだと思う お金も時間も「無駄遣い」とか「もったいない」という表現をする。 それはどちらも限りがあるものだから・・・大切にしなければならない たった1分ことでバス代がタクシー代に変わる でも5分あせる気持ちをタクシー代で買うことだってある 1時間の通勤時間の差が3000万のマイホームの差になる 5分の遅刻が1万円の皆勤賞に変わる 月に1度しか行けないのに8000円のフィットネス会費を支払う 若いときはお金がほしいけど年をとると時間がほしい。 若いときは時間は無限にあるように感じる。 年をとるとお金をつかわなきゃ人生損をしているようにすら感じる 時間とお金、あなたはどちらに価値の順位をつけますか? どちらに満足度を感じますか? 時間を上手に使える人 お金を上手に使える人 どちらも上手に使うことは難しい |
第35回 「縁」2006.12.7 |
| 何事も経験が豊富になってくると本能的に嗅覚が鋭くなってくるものです あるいは運命というものを嗅ぎつける力がそなわってくるものか いわゆる「直感」というものでしょうか とにかく出会いの中にも縁というものを感じることがあるのです そして不思議なものでその人とは会うべくして出会えたという出来事がおこるのです そう、それはまるで運命の糸か神様の導きがあるかのごとく 絶妙なタイミングでやってくるのです 自分が必要としている時に彗星のごとく現れる道先案内人 わずかなずれも感じさせないどんぴしゃの出会いなんです 不思議ですね 別に探しているわけでも待っているわけでもないのに 私はそれをご縁という言葉で神様に感謝します 神様が私に与えてくれたご褒美なんでしょう このご縁を大切にできるかどうかを生涯の課題にしたいと思います |
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| 第34回 「器」2006.011.14 |
| ひとは皆自分の器をもっている 知識という器 経験という器 そして愛情という器 そしてひとは皆その器を満たそうと努力している その器を満たしたいと欲求をもっている その器が満たされているひとは他のひとにも惜しみなく与えることができる その器が満たされていないひとはどうしても出すことを恐れてしまう でも不思議なもので出さないと受け入れられないものなんです まずは自分の心の器と向き合うことからはじめましょう そしていっぱい欲しいと思うひとは、いっぱい出さないともらえないということに気付きましょう “活かす”っていうことはそういうことなんですよ |
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| 第33回 「可能性」2006.010.27 |
| 私が20歳の頃、今の自分が想定できていただろうか? いいえ、全く想定外です 若いときは可能性もたくさんあるけれど、どこに向かって進むべきか、 その先までを見通す力なんてないものです。 若いときは色んな場面で悩み、苦しみ、のたうちまくってなんとか自分を支えるのが精一杯でした 今振り返ってみて、今の自分が自分の意思でなった可能性は5割くらいかな 後の5割は時代背景と、環境と、出会いから成り立っていると思う でもこれからの自分は自分の意思で築く割合が高まっていくと思う なぜなら自分の可能性は全て自分の経験に基づいているから 経験のない者は可能性は語れない そして今私は自分の将来の可能性を夢として語る 歳をとるということは、残された時間も少なくなるけれど、自分の可能性も加速するものだと感じる どこまで続くのかわからないけれど、この可能性は広がっていく気がする 私の夢が多くの人の期待であるならば・・・ |
| 第32回 「余裕」2006.09.27 |
余裕って本当に大事ですね 時間の余裕 気持ちの余裕 経済的な余裕 余裕があるといいものが創れます これは絶対なんです! 焦って、ドタバタではいいものもできやしない 後で後悔するのが関の山 わかっていても追い込まれなければ脳が活性しない悲しい性 でもそうだと決め付けているのは自分自身 自分自身へのジレンマと葛藤と・・・ はやく心に余裕が持てるようになりたい 余裕のある人ってどんな人のことをいうのだろう・・・ |
| 第31回 「忘れもの」2006.08.27 |
| 最近特に忘れ物がひどくなった 先ず、人の名前が思い出せない それは交際範囲が広がり、関わる人が多くなったから・・・ どこにおいたのかがわからない それは日々頼まれること、渡されるものが多すぎるせい・・・ 子供が言った言葉を覚えていない それは夕食の支度をしているときに話かけてくるから・・・ 着替えを置いた場所を忘れてしまう これは数々有名な話があります。 トイレで着替えてそのまま忘れてきたりとか、更衣室で着替えて忘れてきたりとか、 着替えながら次の段取りを考えているからなんでしょうけど、過去何人もの方に迷惑をかけました・・・ 切符がなくなる 入れる場所を決めていても、人と喋っていると無意識にどこかへつっこんでいる・・・ 子供を忘れる さすがにこれは過去に1回だけお風呂場で忘れただけです ということで私の周りの方は私の行動にご注意ください |
| 第30回 「前進」2006.07.28 |
目標に到達するといろんな物が見えてくる そこにいきついたひとしか見えない世界 そして次の目標が見えてくる 与えられる目標ではなく、自分で見つけ出す目標 精一杯、息もつけないほどがんばって、土壇場のバカ力を出して、自分でもびっくりしながら・・・ もうこんな力出せない!なんて思っていても、 済んでみれば平穏な時間に物足りなさを感じてしまったりして(^^) 何でも未知のこと、未経験のこと、は怖いけど、凄いと思うけど、経験してみれば大したことではない 目標へ到達するまでの過程が大事なんですね 苦しくても、投げ出したくても、前へ進もうとする気力と努力は自分の賜物です その経験は自分の財産なんですね その経験を皆で共有できたら・・・とても素敵だろうな・・・ |
| 第29回 「出会い」2006.06.08 |
ひとは行動を起こすためにきっかけがいる 心を強く動かされるだけの体験がいる ときには悔しい体験が機動力になることもあるだろうけど、素晴らしい体験ほど前向きなエネルギーは出ないだろう そしてそこには必ずといっていいほど素晴らしい人との出会いがある この人との出会いを大切にしたい、この人との縁を大切にしたいと思える気持ち 相手を大切に思う気持ちが自分を高揚させる そして素晴らしい出会いは必ず繋がっていく 次の素晴らしい出会いへとその波紋は広がる 素敵な人との出会いがその人をより魅力的にしていくものだと思う でもその出会いを素晴らしいと感じるかどうかもその人の魅力であるのだけれど |
| 第28回 「信頼関係」2006.02.07 |
それは人と人とのつながり それは相互に必要としていないと成り立たないもの それはときに近づいたり、離れたりしながら長い年月をかけて築かれるもの それは心の底で感じるもの それは相互に魅かれ合うもの それはきっと神様が導くもの 相手の力になってあげたいけれど、力になってあげられない 相手が自分の力を求めているときに何もしてあげられない 自分の力に魅力を感じて近づく人とは信頼関係は築けない 自分自身に魅力を感じて接してくれる人とはやっていける 治療を成功させるための予防なのか、予防に失敗した時の治療なのか、この違いが大きいのと同じように 根底にどれだけのものを抱えているのか それがその人の魅力であり信頼関係の深さだと思う |
| 第27回 「高揚」2006.01.04 |
日ごろ心がウキウキする時ってどんな時だろう 遊びやイベントなどの計画をたてているとき 何か新しいことを始めようと計画をたてているとき できなかったことができるようになると自分の中で予感を感じるとき できるようになっている自分を想像するとき 夢が叶った自分の姿をイメージするとき 常に新しい自分を描いている人は輝いていると思う 自分を楽しむってそういうことかもしれない それは自分の成長を感じるとき わからなかったことがわかるようになる あきらめていたことが現実になる やってみることが、行動できている自分が素晴らしいと思えるとき とても気持ちがワクワクする それは子供と同じ感覚なんですね ワクワクする時間を大切にしたい |
| 第26回 「わが子」2005.12.25 |
子供は私にたくさんの喜びと幸せを運んでくれる 子供が喜ぶ姿が自分のこと以上に嬉しい こどもの輝く目、一生懸命な顔、くったくのない笑顔 そのひとつひとつが新鮮で、いつも私の心に酸素を吹き込んでくれる その寝顔にいつも感謝します ママとパパのところに生まれてきてくれてありがとう いつも元気でいてくれてありがとう いつも笑ってくれてありがとう この子のために頑張るんじゃない この子がいてくれるから頑張れるんだ 確実にこの子からエネルギーをもらってる、癒されている 子供からやさしさや思いやりや大切なことを教えられる、気づかされる 子供は純粋だから心に染みる わが子の成長とともに親もワクワク、ドキドキ、毎日が新鮮で楽しい 子供と共に成長できる自分が嬉しい いつもこどもに感謝する ママの傍にいてくれてありがとう |
| 第25回 「きっかけ」2005.011,25 |
自分の心の中には常に色んな欲求があり、いつもそれを抑制している脳がある 時としてそれが何かの拍子に現れて自分自身驚くことがある 何気ないことが時々すごいエネルギーになることすらある たとえば、整理されていなかった引き出しの中を長らく何も気にならなかったものが、あるささいなものを見つけたことがきっかけで、特にそれが重要でもないのに、妙にそれに関連があるものが気になって探し始める それが動機で引き出しの中からその周辺が気になって整理することに集中してしまう 何気なく衝動買いしたセーターが嬉しくなって、それまでわずらわしいと思いながらも放置していた衣替えが楽しくなる 窓ガラスの拭き掃除なんて1年に1度くらいしかしなかったのに、クリスマスの装飾をしたいと思うと一生懸命拭き掃除をする 人生なんてそんなものかもしれない めんどくさい、わずらわしい、今は忙しいから・・・と後回しにしていたり避けていたことも、ちょっとしたことがきっかけとなり、嫌なことが楽しくなることに代わってしまう 心が開かれていなければ、どんなきっかけも見過ごしてしまうのだろう 時間と体力は自分の心のあり方次第だと思う 忙しくても、疲れていても、心だけは開いていたいと思う |
| 第24回 「チーム」2005.07,25 |
人が集まれば集団ができる 集団ができることはその中でそれぞれの感情が行きかいトラブルも生じるものである それぞれの個性がぶつかり、衝突や嫉妬が生まれるのもごく自然のことである お互いが摩擦し合い、お互いを認められるとき、独りでいる時よりも光沢を放つだろう 個性はないよりはあった方がいい 自分という人格の個性を知っている方がいい 自分の中の信念やこだわりをもっている方がいい 短所よりも長所を見ている方がいい 少し変わっていると言われた方がいい 自分の個性が生かせるとき、発言ができたとき、自分の存在感が強調でき、貢献心が高まる 人は集団の中で自分の存在価値を見出せたとき、喜びを感じるものではないだろうか それぞれの個性が集まった時、その個性が輝きを放つとき、それをチームと呼べるだろう 「木も見て、森も見る」というみんとの会のコンセプトから 立派な木を育て、豊かな実に恵まれ、鳥や動物や虫たちがのびのびと生活できるような素晴らしい森が育つこともみんとの会のコンセプトとしたいと思う |
| 第23回 「尊敬」2005.06,23 |
「尊敬できる人」と聞いて直ぐに思い浮かぶ人がいる人は素晴らしいと思う 若いときは親でも先生でも友達でも尊敬できたけど 今はこの二文字の重さを感じる 簡単には使えない 「尊敬」にはある意味距離を感じる 自分との距離 自分にはできないことができる人 遠い、憧れを抱いている人 自分もそうなりたいと目標になる人 どれほど尊敬していた人でもその存在が身近になったり、付き合いが長くなるとその気持ちも薄らいでいく かつて私のことを尊敬すると言ってくれた人がいる 嬉しさよりもすごいプレッシャーを感じたことを覚えている 尊敬する気持ちを持ち続けることは稀である 尊敬され続けることがどれほど至難であるか解っている だからせめて自分らしく、自分にいつわりなく礼節をもった行動をしようと思う |
| 第22回 「ささいなこと」2005.05,11 |
毎日の生活の中でとても気分のいい時となんだかわからないが落ち着かない日がある 気分のいい日は何をしてもとても円滑にはかどり、また充実感がある なんだかおちつかない日は何をしても中途半端で気持ちだけ焦り、時間だけが過ぎていくことに苛立ちを感じる できるなら気分のいい日をたくさん過ごしたい では何が違うのか自分の周りを見つめてみた それは日々のちょっとした決め事を守れている時と守れていない時の違いのような気がする 朝起きる時間、花の水やり、ゴミの分別、信号を守る もっと言えば帰宅してくつを直す、服をかける そんな当たり前のようで、ささいなことができている日とできていない日の心のあり方が違うことに気づいた そう、人はささいなことを大事に感じる生き物なのです そのちょっとしたひと手間、ちょっとした挨拶、さりげない言葉、時間を守る できて当然、そんなこと簡単、とおもうことほど継続して身につけることが難しいような気がする それが人として基本的なことであると同時にそれができている人がとても立派な人であると思う |
| 第21回 「成長」2005.04,12 |
昔から10年一昔というけれど40歳になって30歳の時がつい最近のように思えてしまう 子供の頃は10年がとても長い時間で、10年前のことを覚えている大人をすごいと思ったことを覚えている 「10年」・・・めまぐるしい毎日の中で、時間はあっと言う間に過ぎていく でも10年という時間は私の中でとても大きな意味を持つ 10年の経験は確実に自信につながる 思い返せば、10年前、とても緊張したことが今では何の緊張もしない とてつもなくエネルギーを使ったことが今はなにげない作業でできる 特別なことと思っていたことが特別ではなくなる 人は日常の平穏を求める でも時間は非日常を日常に変えてくれるものなのだ 慣れるという言葉はあまりにも安易な言葉かもしれない 人は時間とともに成長できる生き物であると自覚したい |
| 第20回 「価値感」2005.02,01 |
ひとが持つ価値感はさまざま 無理のない範囲でがんばる人もいれば、とことん倒れるまで頑張らないと気がすまない人もいる 自分のコンディションがどういう状態であることがもっともいい仕事ができるのか、自分を知らなければならない ただ言えることはとりあえず形をつくろうだけの仕事ですませる人と最高の仕事をしようとがんばろうとする人の差は大きいということ 目に見えない努力をする人としない人 目に見えない価値ほど大きく人に伝わるということを知ってる人と知らない人 相手に高い価値を求める人は自分が高い評価を求める人 相手に高い価値を求めなくても気にならない人は、自分にも高い評価を望まない人 それが自分に厳しいということと自分に甘いということの違いかもしれない そして医療現場はやっぱり厳しい世界と思う 口先だけでは通用しない 楽しいだけの価値感は結局、面白くないんだよね。。。 |
| 第19回 「抱負」2005.1,3 |
昨年は自分にとってどんな年だっただろう かなり勢いつけて突っ走ってきたつもりだけれど終わってみればあれっ? 人生なんてそんなものかもしれない 何も思い残すことのない達成感は人生の終末においておこう この年は昨年とりあえず突っ走って落としてきた物や見落としてきた物を振り返りたいと思う もちろんやりたいこと、しなくてはいけないことはたくさんある でも焦ってはいけない、大事な時期だからこそじっくり行こう 足元をしっかり固めて行こう 自分が納得できるもの、皆に喜んでもらえるものを創りたいから・・・ 実績を残すという意味を深くかみ締めなければならない ある意味、それは試練かもしれないし、自分を見直す機会かもしれない 結果は必ず後からついてくる |
| 第18回 「区切り」2004.12,23 |
世の中の全ての物に始まりと終わりがある 何かを始める、新しいところへ行く 期待と不安を抱きながら、全身を奮い立たせてエネルギーを放出する 自分が発したエネルギーはひとに当たって、共鳴して自分に戻ってくる では終わりは? とかく終わりや別れは寂しいもの 終わるときには後悔や反省がつきもの そして終わることもまたエネルギーをたくさん必要とする 終わりを見れば、そこで自分がどのように関ってきたのか、自分の価値を知らされる でも終わりとせずの区切りとできたら? 世の中の全てのものが時間とともに変化する この区切りを新たな出発にできたら、そこでの関りを大切にできたら・・・ そういう経験はその人の財産になるだろうな 円熟するってそういうことだと思う |
第17回 「逃避」2004.11.18
| いつもそうなんです・・・ 期日があり責務の大きな仕事を控えて「その準備にとりかかろう!」 と思えるまでに時間がかかる どうしても“まだ余裕がある”と思ってしまうとやる気がでない 切羽詰ってもう絶対今日やらなければ・・・とテンションが高まってくるとそれに没頭するために他の雑用を片付けてから・・・と身辺を整理し始める 普段は見て見ぬふりをしているようなことが気になって仕方がない いつもより機転が利いて、色んなことがこの時消化できる 短時間で普段滞っている雑用が一気に消化できる やけに家の中が片付く 別に今しなくてもいいことなのに、今だからやってしまうのが不思議・・・ 余裕のある時はできないなんて・・・ そんなものなのかも知れない ひとはひととして集中力を高めるときと開放するときを使い分けないと前進できない生き物かもしれない 開放しすぎるのも問題だけどね。 逃避もまた力なり(^^) |
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第16回 「出会い」2004.10,29
| 人との出会いにはとても不思議なものを感じる もともとあまり友達や先生に影響を受けない、また関心のない私だった ある時から「人と人との出会い」には必然があるのではないかと感じるようになった 若いときはたまたま学校で友達になった 職場が同じだった 勉強会で知り合った それらは全て偶然の出会いだった なぜならそれは自分の気持ちが受身だったから “いかなければならなかった” “行かされている”、“させられている” そこでの出会いに何の興味があっただろうか ある時から自分の意思で行動できるようになった 自分の意思で行動した場所での出会いには意味がある 自分が求めるもの、自分が欲するものがある時はモチベーションが違う 同じベクトルを向いた気持ちを相互に感じたものであれば出会いは必然となる 人生限られた時間の中で、どれだけの素晴らしい出会いが訪れるだろうか それは個人の人生感や行動、魅力を反映するものと思う 自分に自信をもてるようになるととても素晴らしい人との出会いが訪れる 出会いもまたその人の実力なり |
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| 小さい頃、ずっと母の背中を見て育った私 私の記憶の中にある母はいつも台所に立っている後姿か、自営なので仕事をしている母の後姿 「忙しい、忙しい」を口癖に、「暑いから寄るな」と言って突き放され、一緒に遊んでくれたり、絵本を読んでくれたり、甘えさせてくれた記憶が全くない 子供心にお母さんはよく働くな〜、と感心していた。 仕事の邪魔をしてはいけないと思った、テレビを見ていることに罪悪感を感じていた。 「もっと休めばいいのに、もっと構ってよ!」といいたいけれど、我慢している自分がいた。 欲しいものを「買ってほしい」と言えない自分がいた。 そしていつしか自分が母という立場になってあの時の母の心境がよくわかる 今は色んな意味で母を尊敬します。 偉大な母、私はいつまでも未熟で37年前のあなたの足元にも及びません。 一緒に遊んでもらえなくても私はいつもあなたの暖かい大きな愛情に包まれていました。 我が子と遊ぶ事よりも一生懸命心のこもった手料理を食べさせてくれた母 そう、今の私があるのは紛れもなくあなたのお陰です。 強い身体と精神力を育んであげることが本当の子育てだと今あらためて学んでいます。 子供の目に私はどんな母親に写っているのだろうか・・・ |
| 第14回 「プレッシャー」2004.08,11 |
ひとは何のために生きているのだろうか 自分が必要とされているからここに居る 自分にかけられた期待に応えたいから頑張れる 自分に課せられた責任を果たしたいから頑張れる 期待と責任はときとしてプレッシャーとなってストレスとなる でもひとはプレッシャーがないとがんばれない 目標がないとがんばれない 期日がないとがんばれない 逃げたいけれど、逃げられないというプレッシャー ひとは追い込まれなければ力が出ない そのプレッシャーを制覇したとき、自信と力がみなぎっている自分がいる だから私は自分にプレッシャーをかけ続ける |
| 第13回 「パソコン」2004.05,13 |
初めてパソコンを買ったのは10年前Macだった 何にも知らず、とにかくパソコンは便利だから、色んなことができるからと言われて買ったけど・・・ 梱包を開けてたくさんのマニュアルとCD−Rと・・・ 何これ? わけわからん! 今思えば運転免許なしに、自動車を買ったようなもの プリンターに繋ぐまで3ヶ月 クリックとドラッグができても何にもできない。 もらったデータを見るだけで3年が過ぎた 高い金出して、家に帰って見るたびにストレスを感じる なんとも邪魔な箱・・・誰かもらってくれないかな〜 結婚して主人がWindowsなら使えるというので2台目を購入 主人のお陰でメールができるようになった。 でもいつフリーズするか、勝手に動き出すかわからない恐怖におびえどうしても避けてしまう。 ひょんなことからどうしてもパソコンでプレゼンをしないといけなくなり思い切ってPC教室の門をたたいた それが3年前、私の新たなパソコン生活の始まりで〜す。 それ以来本当にパソコンの威力を実感 持ち運びできるようにとノートPCを購入 今では軽量で高性能なノートPCをどこへ行くにも離せない ビデオ編集ができるように高スペックのデスクトップを購入 これで通産6台目のPC そのうち3台は無駄にしちゃったけど今はPCのおかげで仕事が楽しい 私ほど仕事にPCを活用しているDHもいないんじゃないかな〜 以前は私のストレス源だったPCが今は活力源になっている パソコンは私の夢をなんでも叶えてくれる魔法の箱 そしてパソコン先生は私の夢をなんでも叶えてくれる魔法使いです。 やっぱりその道のプロに教えてもらうのが一番!!! |
| 第12回 「モチベーション」2004.04.29 |
人は皆寂しがりや 何かをしようと思ってもひとりでは続かない、進まない 本を読んでも眠くなる 頭で理解しても時間がたてば忘れてしまう 何故だろう? それは自分ができているのか、理解できているのか自分では評価が難しいから ひとはできていないことを指摘されて気づく できていることを評価されて嬉しくなる そう、客観的に評価されて向上心が生まれる 文字を見るだけでは理解できないことも教えてもらうと簡単に理解できる それはコミュニケーションの中で気持ちが伝わるから 目で見て、耳で聞き、肌で触れて、心に響く 五感で感じ、体験することが何よりも価値がある CDで聞くよりもライブがいい、テレビで見るより舞台がいい その人の気持ち、熱意、人柄に触れる経験は忘れられない |
| 第11回 「新規」2004.04.01 |
私はこの4月で歯科衛生士暦20年を迎えます。 20歳で専門学校を卒業し、臨床に出て早20年。 考えてみると人生の半分歯科衛生士として過ごしてきました。 もし20歳で女児を産んでいたなら、自分の子供が歯科衛生士としてスタートしてもおかしくない歳であると考えるとひと世代生きてきたような気がします。 振り返ると惰性で過ごした時もあるけれど、フリーになってからの10年は必死で生きてきた。 もがき、あがきながら、時には苦しんで、いろんな経験をしながらあっという間の10年でした。 今年は私にとって、DHとして新たな目標へ向かって再スタートする人生の記念すべき年になりそうです。 何事も始めが肝心、精力を尽くして、心を尽くしてスタートしないと後悔が残る。 そんな気がするから先ずは自分が納得するものを、今できる、考えられる全てを尽くそうと思う。 大変だけど、しんどいけれど、でも自分が思い描いたものが形になる喜びはそう簡単には味わえない。 だから妥協できない、譲れない。 いくつになっても新鮮な気持ちで頑張れることを幸せと思おう! |
| 第10回 「整理」2004.03.16 |
人生さまざまな場面で節目を迎える 卒業、就職、転職、結婚、出産、引越し、別離 冠婚葬祭だけでなく、日常生活の中にもけじめは必要 日々、忙しさにかまけて「とりあえず」で流されていると収拾がつかなくなることが多々ある 整理をすることで新たな気持ちがわいてくる 整理をすることでより自分の軌跡を残すことができる いらないものは捨て、必要なものを再認識することで自分を知ることができる 余計なしがらみや邪心は捨て、純粋な気持ちにリセットしよう ささいなことでも心にひっかかっているものがなくなればとても気持ちが楽になるものです 心をニュートラルに戻して素の自分を見つめよう どれだけ忙しくても毎日が楽しく、気分良く、気力を充実させるために日々のけじめが必要と思う 整理上手なひとは仕事も生活もシンプルで充実しているように思う 私のいつも心がけたいテーマです |
| 第9回 「物より思い出」2004.02.03 |
ひとの人生、生きている分だけ経験になります そしてその時間は必ずそのひとの知恵となり力となるでしょう 仕事だけでなく家族と過ごす時間、友人との語らい、電車の中でぼーっと景色を眺めている時間 「明日死ぬかもわからないから今日を楽しむ」 なんて言葉をいう人がいるけれど、明日につながるからこそ今が楽しいのだと思う 楽しいと感じることはエネルギーを周りにも与え、なにより自分が充電できる素敵な時間 楽しい思い出が多くあるほどその人から出る波動は心地いい 若いときはどうしても目に見えるもので評価していたけれど 今は人の気持ちで評価できる それが俗にいう年の功かもしれないな〜 年の功を語るにはまだまだ若造だけど 楽しい思い出をたくさんみんとの会でもつくって、皆で共有していきたい |
| 第8回 「新年」2004.1.04 |
また新しい年が来てしまった 歳をとる毎に1年が過ぎるのが早く感じる 昨年はたくさんの人と出会い、たくさんの人と親睦を深めることができたことに感謝し、とても良い年でありました ありがとうございます。 だからこそ今年は実らせるべくプレッシャーがかかります。 若い時にはできたことが今はもうできない 若いときにはできなかったことが今ならできる 内容を求められる歳になってしまったことにプレッシャーよりも喜びを感じよう 今年の目標は「量よりも質を重視する」こと 妥協はできないからこそ選択することの意味を見直そう 自分の人生も、もう一度見直してリセットしよう 人として、母としての基本を大切にしながらDHとしてがんばろう 私のおそらく生涯の課題です |
| 第7回 「仕事」2003.12.06 |
子供を産んでから自分の中で変わったことがある それは仕事に対する価値感です 子供を持つ前までは自分のために仕事をしていた ひたすら自己満足を得るために・・・ 子供を持ってから親として子供に何かを残してやりたいと考えるようになった 物やお金ではなく、もっと素晴らしいものを残したいと思うようになった 父が私に残してくれたように、私も子供に残してやりたいと思う 人生も折り返し地点にくると自分のできることの現実や限界が見えてくる 自分がこれまで培ったものを真剣に後に残したいと思うようになった 後進に伝えたいと思うようになった それをたてまえや表向きではなく、心から思えるようになった 自分が歩んできた足跡を誰かに辿ってきてほしいと思うようになった そしていつしかそこに道ができてくれたらいいなぁと思うようになった 私には臨床しか取り柄がないから・・・ |
| 第6回 「信念」2003.11.16 |
何か目標を持って歩き出すとき、必ず自分の信念というものが必要になる 自分は何のために、何故それがしたいのか 信念を持っている限りおおよそ進む方向は誤らない そこへ到達する道のりは軌道修正することはあっても、信念は変わってはいけない 信念はpureでなくてはいけない 信念は強く、太く、ゆらいではいけない 自分の信念が伝わったとき、人は賛同し協力してくれるだろう そして目標が遠く、高ければ、そこへいきつくまでの過程はさほど気にならなくなるだろう 回り道をしてもいい、引き返すことも時として必要である ときおり腰を下ろし、振り返り、周囲を見渡すことも必要だが、 また前を向いて立ち上がることを恐れてはいけない 手段にとらわれすぎてはいけない 信念がなければ自分も立っていられない 信念が揺るぐと周りの人も不安になる 不安になるとよからぬことを考える 迷った時には信念を確かめよう 自分を信じ、仲間を信じ、貫くことが、結果的に良かったと皆が喜べるものをつくっていきたい |
| 第5回 「実行」2003.11.01 |
いつも後悔していた "こんなことならもっと早くやっておけばよかった" "あの時勉強しておけば良かった" 今日すること、今週中にすること、いつまでにすること、年内にすること 忘れないように冷蔵庫のホワイトボードに、毎日見るカレンダーに書き込んで、計画はたてるけど、計画通りにできたことがない やらなければ・・・と思うほど避けたくなる やろう!と思っても体力が伴わない 情けない、自分がイヤになる でもそう思えるからこそ、奮起できる イヤな人間になりたくないから頑張れる 以前できなかったことができた充実感や達成感は何ものにも換えがたい だからそれは神様が与えてくださったチャンスなのだと思うようにしている 今できたときが、自分にとってするべき時だったと思うようにしている 人間、自分に必要性を感じなければ行動できない動物である できなかったことを、自然に忘れてしまったり、気持ちが失せてしまっていることは自分に必要なかったことと思うようにしている 今はできなくても、いつかできることを目指している気持ちが大切と思う |
| 第4回 「バランス」2003.10.14 |
ひとの欲求には終わりがない あれもしたい、こうなりたいと日常のささいなことから大きな夢にいたるまで しかし全てをなしとげることは不可能である そしてその多くは他人との関わりや社会のしくみの中で存在する ひとつのことにこだわっていると他のことがおろそかになる では優先順位をつけよう 今自分にとって大切なこと、必要なことからやっていこう でも人生が長くなると大切なことが増えてくる。 そして時間がない、欲求不満、ジレンマに襲われる 家族、生活、仕事、勉強、遊び、趣味・・・ 頭で考えるとできないことも時間に任せてひらきなおるとなんとかなるもの 自分に無理をするとどこかが破綻してしまう でも諦めると気力が萎えてしまう 何かを犠牲にすると自分が不幸になる モチベーションをなんとか維持させながら、周囲の協力に感謝をしながら、そして健康管理もしながら ぎりぎりのところで進んでいく それぞれに、自分に与えられた環境の中で絶妙なバランスを探りながら 若い時は才能を求めたけれど、 今はバランス感覚の優れたひとが何かを成し遂げ、 人生の終末に幸せを感じられるのではないかと思う |
| 第3回 「本物」2003.10.01 |
ひとは生まれてからずっと親や周りの人たちの真似をしながら大きくなる テレビの中の主人公に憧れて疑似体験をする いいことも悪いことも真似をする 真似をするには理由がある、何かに魅かれて真似をする ひとはそうやって色んなことに影響を受けて成長する では成長するってどういうこと? 偉い先生のいうことだから真似をする、有名な人のすることだから真似をする だけではあまりにも寂しいではありませんか? 最初はみんな真似から入る、そして自分でそれをやってみて、経験しないとそこからは何も生まれない やってみると疑問が生まれる、工夫も生まれる、自分の考えが生まれる そして意見をいいましょう 情報は受け入れ、咀嚼して飲み込んで、そしてそこから生まれたものが本物になれる 何事も10年も継続すれば他人に語れるほどの何かが観えてくる ただ教科書に書いてある、偉い先生の言葉を借りる、では伝言にしかすぎないのではないでしょうか 本物になった人の言葉には重みがある、実感がある、ひとの心に残る みんとの会は本物が育つ「本物」と呼ばれる会にしていきたい |
| 第2回 「気持ち」2003.09.15 |
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| 第1回「動機」2003.08.17 |
こんにちは皆さん、私はみんとの会の仕掛け人、代表を務める長谷ますみです 大阪のみーちゃんと呼んでください まずは簡単なプロフィールとみんとの会の動機からお話しましょう 思い返せば18年前、がぜん張り切って歯科衛生士として社会に貢献できる人間になりたいと、夢と希望を胸に抱き臨床に出た私でした あっという間に10年が過ぎ、自己中心で自我が強い私は思い切ってフリーランスという道(未知)を選びました 自由を手にした私はその代償も大きかったように思います 気がついてみると自分の身を守るために、生活のために、妥協したり譲る(諦める)ことも大切なんだと思うことも社会のしくみとして受け止めていたように思います 転機が訪れたのは36歳にして高齢出産、育児の経験でした 人生の大きな出来事でした 子育ては私にとって初めて人との関わり、信頼関係というものを真剣に考え、学んだ経験のように思います 本当の子育てから“ひとを育てることとは相手を信頼することから始まるんだ”ということに気づいた時、それまでの私の生き方、私の欠点を見つけたような気がしました それ以来、週に1.5日しかなかった私の仕事がどんどん増え、今や悲鳴を上げるほど忙しくなってしまいました(笑) 皮肉だと思いませんか?育児にも頑張りたいと思っているのに、産前より忙しくなるなんて 何がこんなにも私をとりまく環境が変わったんだろう?と考えると周りが変わったのではなく、自分が変わったのだということに気づきました 同時にそれまで周りの人たちのせいにしていたことが、全て自分に問題があったことを知らされたのです それ以来、ひとの性格や育ってきた環境は変えられないけれど、物の見方や価値観って変えられるのだと信じられるようになりました 独身時代から後輩や新人教育の仕事もしてきた私ですが、なかなかうまくいかず、私にはそういう素質はないのだと諦めていたことも、できそうな気がしてきました 現に数人の若く優秀なDHが私の傍でその能力を開花させ始めてきたのです 「歯科衛生士の社会的地位の向上」 というなんとも漠然と描いていた私の夢へのビジョンが少しずつ開けてきました そう、みんとの会はその夢へ向けての私が踏み出した第一歩なのです ずっと一匹狼で自分が良ければいいとわりきって生きてきた私が初めて皆の力で創っていくことの楽しさ、素晴らしさを感じたのでした だから、そんな私の夢に賛同し、支えあい、助け合い、頑張ろうと思う方大歓迎します 自分が得た喜びを周りのひとに還元できるよう、一緒にがんばりましょう |